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201711.29
校長講話_89 長野清泉の生徒たちを見守ってきた1枚の写真
長野清泉の歴史についてお話しするのも3回連続となりました。
前回は、高校1年生と2年生の教室のある聖心館の階段のことをお話ししました。よく見てみると聖心館には味わい深い部分が幾つかあります。西側トイレの入り口の壁は、角が緩やかにカーブしています。女子校の校舎にふさわしい細やかな配慮です。
さて、前回の放送朝礼では、今の聖心館が建てられる前、つまり1960年以前には、当時の清泉生たちは旧日本陸軍の司令部を校舎として使っていた、ということをお話ししました。
11月4日に本校の御聖堂で行われた追悼ミサに、1949年に清泉寮学院1期生として卒業した方のご遺族が参列なさいました。その際、旧日本陸軍の司令部を校舎として使っていた頃の写真を9枚お持ち下さり、私たちに下さいました。
これから、その中の2枚の写真についてお話しします。
まず、1枚目です。
その一枚には木造の階段が写っています。上から日が差し、写真には写っていませんが、上の方に窓があることがわかります。その踊り場に、額がかかっています。創立者聖ラファエラ・マリアの写真です。今、皆さんが、ヨゼフ館のロッカールームから、事務室に向かうと、短い階段と車椅子用のスロープがあります。その階段側の壁にかけられているラファエラ・マリアの写真と同じものが、頂いた写真の中の一枚に写っていました。
皆さんは、ロッカールームから事務室に行く通路はあまり通る機会がないかもしれません。昼でも明かりがないと暗くなってしまう場所です。通ることがあったとしても、急いでいれば壁にかかっている写真には気付かないことでしょう。
今日は、一度その短い階段を通って上を見上げてみて下さい。そこにある写真は本校の創立当初から学校の壁にかけられ、校舎が立て替えられても、70年以上に渡って長野清泉の生徒たちをずっと見守り続けてきたのです。
もう一枚の写真については次回お話しします。