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清泉メッセージ
201603.31
No84「もう新しい物語ははじまっている」
ロシアの作家ドストエフスキーの小説に『罪と罰』があります。舞台は7月の暑い、ペテルブルグ。主人公の青年ラスコーリニコフが、自らの哲学を実践すべく、老婆を斧で殴り殺す。亀山郁夫訳で全3巻、1300頁に達する大著は、わずか2週間の出来事を濃密に描く。彼は、娼婦に身を落としつつ、信仰を貫く、ソーニャの愛に触れる。聖書を彼女に読んでもらい、罪を告白するに至る。
彼は監獄のあるシベリアに送られます。そして最後にソーニャの愛が分かる。その場面はこうです。
「・・・ふたりの目には涙がにじんでいた。ふたりとも青白く、やせこけていた。しかしそのやつれはてた青白い顔にも、新しい未来の、新しい生活への完全な甦りの光がきらめいていた。ふたりを甦らせたのは、愛だった」。
ドストエフスキーはこの大著でこの単純な事実を語りたかった。どんな人でも、どんなことがあろうとも、人はやり直せる、立ち直る。その原動力とは何か。それは、人を活かす愛であります。親の愛が、友の友情が、人を活かす。恋人・想い人の愛が、教師の愛が、そして神の愛が、人を活かす。どんな過去があろうとも、失敗があろうとも、人間はやり直せるのです。どんな人にも可能性はある。そして私は思う、学校とは、人の立ち直りの可能性を信じることから、始まるのだ、と。
ラスコーリニコフがソーニャに読んでもらった聖書は、ヨハネによる福音書であります。その13章1節にはこうありました。
「イエスは、この世から父のもとへ移る御自分の時が来たことを悟り、世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた」。
そして何と言っても3章16節。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。」。
『罪と罰』の最後の一節をご紹介します。
「しかし、もう新しい物語ははじまっている。ひとりの人間が少しずつ更生していく物語、その人間がしだいに生まれかわり、ひとつの世界からほかの世界へと少しずつ移りかわり、これまでまったく知られることのなかった現実を知る物語である。これはこれで、新しい物語の主題となるかもしれない―しかし、わたしたちのこの物語は、これでおしまいだ」。
ロシアの帝都、夏のペテルブルグで始まったこの物語は、寒さ厳しいシベリアで終わっている。しかしそこにはもう、暖かな春が、愛の世界が、「新しい物語」が始まっている。私達も、この長野清泉でその春を待ちたいと願う。
(2016年2月20日、放送朝礼より。)